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生名島の巨石その2

2011白石の鼻・夏の夕日の観賞会のご案内

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生名島の立石山の中腹にあまり一般には紹介されていない磐座があります。

頂上の磐座は学術的に調査が進み弥生時代の高地性集落、祭祀跡であり文化財に指定されており結構有名です。

s_iwakura.jpg
(立石山の頂上の磐座に立つ調査委員会メンバー)

s_iwakura_2.jpg
(弥生時代の土器等が出土)


しかし、中腹の磐座の方が規模や恐らくそお機能から、個人的にはこちらの方が重要なのではないかと興味を持ちます。

立石山を麓から登り中腹に分かれ道で左行けば頂上の磐座へ、右へ行けば私が興味を持った磐座があります。

その磐座は、巨石群でよくあるパターンのドルメン風(組石)風になっており一種の岩屋を構成しています。

岩屋は後世に観音信仰の霊場とされ祀られています。

s_iwaya_1.jpg
(1段目の岩屋、開口部は真東を向いている)

s_iwaya_2.jpg
(2段目の岩屋は人工的な構造物に見える)

s_iwaya_3.jpg
(2段目の岩屋は人工的な構造物に見える)

s_iwaya_4.jpg
(2段目の岩屋前方から瀬戸内海の絶景。尾道の不動岩から尾道水道を見た風景と似ている。)

そして特徴的なのは、岩屋が2段構成になっているところが凄い特徴があります。

一段目の岩屋の天井石を2段目の岩屋の土台にして上の岩屋が構成されているという2階建ての岩屋なのです。

また、面白いのはGPSで各岩屋の座標を図りました。

頂上の磐座  北緯 34度16分51.5秒 東経 133度10分23.5秒
中腹の岩屋  北緯 34度16分51.6秒 東経 133度10分27.3秒
麓のメンヒル 北緯 34度16分49.2秒 東経 133度10分33.4秒


で頂上の磐座と中腹の岩屋は北緯が全く一緒であり、正確に東西線に並んでいます。

そして、岩屋の開口部は真東を向いているようでした。

春分秋分の朝日は岩屋の奥に差し込み観音像を照らすことでしょう。

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生名島の巨石(メンヒル)その1

2011白石の鼻・夏の夕日の観賞会のご案内

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6月の始め、兼ねてから気になってました生名島の巨石を調査委員会のメンバーで見学・調査に行きました。

因島から目の前にあり、フェリー(往復140円:大人)ですぐです。

目の前に見える立石山も綺麗な円錐形をしたピラミッド型の秀麗な山です。

名前からも巨石信仰(イワクラ信仰)の後が伺えます。

生名島のメンヒル(立石)は港からすぐの三秀園の庭園の中にあります。

ikina_1.jpg


ここは生名島の実業家で男装の名士、麻生イトが整備した庭園で、立石山自体も観音信仰の聖地としました。

三秀園につくと、メンヒルは地上高5mで巨大な雄姿を見せていました。

メンヒルについて、上島町のホームページには以下とあります。

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立石山の東側のふもとにある庭園。この庭園の中央部に直立しているのが、『メンヒル』と呼ばれる高さ7mもある巨石です。
 学術的な調査の結果、弥生時代の巨石文化の遺物と考えられ、古代人が祭祀の対象としたものと思われています。

 旧生名村の有形文化財に指定され、上島町でも指定文化財として引き継がれています。

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また、S51に生名村教育委員会が建てた庭園前の案内板に以下とあります。

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ikina_5_20110612124333.jpg


この立石(メンヒル)は、神霊の宿る石神として、弥生時代の信仰対象でありました。

生名島の石ではなく、(原産地不明)海上運搬されたものと思われます。
 石の高さ約5m(地下2m)、周囲約20m(地下周囲25m)あります。

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ここで重要なのは以下の2点です。

・弥生時代頃に使われていたと考えられる。

・石自体は、生名島の石ではなくて、海上輸送されたと考えられる。


この体積と比重から考えて150トンは優にあると想定します。

また、面白いことに気付いたのですが、生名島行きのフェリーの最大積載量は60トンなのです。^^;;;

弥生時代以前にどうやって海上輸送したのか?(爆笑)

古代、現代とは違う技術があったと仮説を立てるほうが、自分的にはすっきりします。(笑)


また、生名島の巨石を紹介しているホームページ、ブログは多いですが、まだ誰も指摘していない重要なことに気づきました。

それは、生名島のメンヒルは「割れて隙間」があるということなのです。


ikina_3.jpg



ikina_2.jpg


ikina_4.jpg
(隙間の方角は真東)


そして、その隙間の方位度を測ると正確に90度(真東)でした。

すなわち、春分(秋分)の朝日はこのメンヒルの隙間から昇るでしょう。

春分(秋分)頃は太陽の動きが早いので(1日約0.5度変化する)、ここに太陽光線がその日に通過するとなれば、かなり精度高く、設計し建設していると言えるでしょう。

つまり、生名島の巨石も白石の鼻巨石群と同じように太陽軌道と連動しているのです。




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愛媛新聞・Voiceえひめに掲載!

12/4の愛媛新聞Voiceえひめ”聖地を訪ねて”に掲載されました。

取材をしていただいたK記者ありがとうございました。m(_ _)m

20101204_ehime_seichi.jpg


日本全国に存在する巨石群の数々。

そして太陽運行との関係が続々と解明されていっています。

そう、白石の鼻だけではないのです。

近隣で言っても尾道、足摺、しまなみ・・

日本の巨石研究をリードする岐阜・金山巨石群。

古代史は10年以内にドラスチックに変わらざる終えないでしょう。

そして、太古、日本に高度な巨石文化があったということが証明されていくでしょう。(^^)/

しかし、何故、歴史の中でその事実が封印されたのか。。??

不明だ。

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プロフィール

篠澤邦彦

Author:篠澤邦彦
 H20.1月に偶然、通りかかった瞬間に「白石の鼻」の巨石がオーパーツであると直感。その後、集中的に調査・研究し、春分(秋分)、夏至、冬至の二至二分の夕日のラインと巨石群が整列することを実証。秋分の3日前に地元住民等と協力して「秋の夕日の鑑賞会」、12/14に「冬の夕日の鑑賞会」を成功させる。9/27にイワクラミット(神戸)にて研究レポートを報告。歴史研究会12月号「白龍石の謎」が掲載される。現在、「白石の鼻」巨石文化の可能性について研究・情報発信・普及に努めている。
モットー「固定観念をぶっ飛ばせ!」

郷土史研究家
(主に先史時代の巨石文化について探求しています)
全国歴史研究会会員
イワクラ学会会員

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